02 (北海道・日本歯科技工学会)全顎補綴における簡便で確実な咬合器装着法について
1)全顎補綴における簡便で確実な咬合器装着法について
2)はじめに
多数歯欠損補綴を行う場合や審美、機能的な改善を目的として全顎の咬合を再構成する場合には確実な咬合採得が必要不可欠である。しかし、その精度は使用する材料や術者の熟練、患者の理解、協力などの要素により大きく差が現れる。この事が患者、歯科医師、歯科技工士の全てに材料の無駄や時間のロスとなり不利益をもたらす事になる。
そこで、演者らは自家製ゴシックアーチ描記装置を用いて症例や術者のテクニカルエラーが出にくく比較的簡便、確実に作業を進められる咬合器装着法を考案して成果を挙げているのでその方法を報告する。
3)咬合器装着時の問題点
まず技術的なものとして
*術者の錬度
これはチェアサイド、ラボサイド共に臨床的経験の少ない術者の場合、採得した咬合位が間違っていても気がつかないなど
また
*症例による咬合採得方法の違い
これは歯冠修復と義歯で、バイト材が違ったり、患者さんの咬合誘導の方法が変わってしまうと混乱を招きやすい事などです。
次に経済的なものとして
*高価な市販品
これはフェイスボウ、半調節咬合器などを患者全てにそれを行おうとした場合、そろえるのに費用がかかりすぎる事
そして
*作業時間
これはロー提やマッシュバイトで咬合採得した場合、咬合器に装着してからでないと咬合採得が間違っていた場合分からないので、
再度の咬合採得や再装着などリカバリーをする為にチェアサイド、ラボサイド共に大幅な時間の無駄となり経済的に大きな損失につながる事などです。
4)咬合器装着の求められる条件
つぎに咬合器装着の求められる条件ですが次の2点が臨床上重要だと思います。
まず作業の単純化
これはチェアサイド、ラボサイドで補綴の種類による作業工程の変更を無くし、工程を単純化する事でテクニカルエラーを防ぐ事
次に高価な市販の機材を使わない
これは高価な機材や材料を使わないで自作し、コストを抑制する事で、無理なく患者様の数だけ準備の整った咬合器がそろえられれば、作業にもゆとりが出来ることです。
5)本法の基本的な考え方
本法の基本的な考え方ですが
1
上顎の咬合器装着にはフェィスボーでなくロー提を利用する
ラボサイドで模型上で総義歯の標準値でロー堤を準備し、
チェアサイドで咬合平面および、前歯部の豊隆を修正します
2
下顎の咬合器装着はゴシックアーチ記録を利用する
仮の咬合高径は上顎の修正時に一旦決まっているが、ゴシックアーチ描記時に下顎位を正式決定します。
6)使用器材
次に使用器材についてですが
平均値咬合器
咬合平面板の用意のある物(ハンデイ咬合器、デンタルホビー、ラボメイトなど)
ゴシックアーチ描記装置
アルミニュウム、ステンレス板とボルト、ナットおよびアクリル板にて自作
その他
パラフィンワックス、オストロン、加熱加圧形成のアクリルシートなど
これらの物は一般的にどこの歯科技工所でもある物ばかりで、安価に済むため、全顎での補綴を必要とする患者様全員に無理なく用意することが出来ます。
7)自家製ゴシックアーチ描記装置
上のスライドは、
自作したゴシックアーチ描記装置です。
設置する症例の大きさに合わせて常時何種類かの描記針部を用意しています。
また、描記版については1ミリと2ミリの厚さのものを用意しており
チェアサイドにて必要があれば、それを瞬間接着剤で貼り付ける事、あるいは剥ぎ取る事で対処していただいております。
以前は、市販品でよくあるように描記針の部分の長さを調整していたこともあったのですが、この方法の方が、直感的にわかり易く臨床的だとの評価をいただいております。
8)本法の標準的な工程
上のスライドは
本法の標準的な工程です
チェアサイドで印象採得後ラボサイドにてロー提を総義歯の標準値で準備します。
次にそのロー提の上顎をチェアアサイドにおいて審美性を考慮しながら調整後、咬合平面を決定し、仮の咬合高径を決めます。
次にラボサイドにおいて上顎ロー提を咬合平面版を使い咬合器に装着し、仮の咬合で決まった咬合高径でゴシックアーチの準備をします。
次にチェアサイドにおいて、ゴシックアーチ描記を行い、最終的な下顎位を決定しチェックバイトを取り、
最後にラボサイドでは、ゴシックアーチのアペックスを確認後必要に応じ補正して下顎模型を咬合器に再装着します。
9)上下顎をコーヌスで作成した症例
それでは実際の症例を2例あげて説明します。
上のスライドは、上下顎をコーヌスで作成した症例です。
ご覧のように、臼歯部の欠損により咬合が崩壊し、また前歯部の審美性も考慮する必要のあったものです。
10)上顎ロー堤で正中と前歯部の豊隆の調整
上のスライドは、
模型上で準備されたロー提を使い患者様の意見を聞きながら前歯部の見え具合を調整し、正中を記録しているところです。
11)咬合平面版を使って上顎ロー堤を修正(咬合平面)
上のスライドは、
咬合平面版を利用し上顎ロー提の咬合平面を修正し手いるところです。
フェイスボーと違い、総義歯製作時によく行う作業のため、チェアサイドでの負担が少なくて済みます。
12)咬合平面板を利用して上顎咬合器装着
上のスライドは、
フェイスボウの代わりに、上顎ロー提と咬合平面版を使って咬合器に装着したところです。
また、この時に咬合平面板にロー提の外周をマークしておけば、補綴物作成時に前歯部の位置関係が把握しやすくなります。口唇の状態の分からないラボサイドにとって非常に有効な情報となります。
13)ゴシックアーチ設定ベースの作成
上のスライドは、
ゴシックアーチの設定ベースを作成しているところです。
ゴシックアーチの設定にあたっては必ず、補綴物を作成する模型上で行うことが重要です。
模型上で準備しないと歯牙の動揺や粘膜面の状態によりせっかく記録しても模型に戻せなくなり、記録した意味がなくなります。
ただし、作業の過程で模型を壊さないよう支台歯部分は天井部を除いてワックスでブロックアウトし模型を保護する必要があります。
14)中心位でチェックバイトを記録した状態
上のスライドは
実際にゴシックアーチ後チェックバイト記録をとった部分です。
チェックバイトの材料は確実性、経済性の点から、出来るだけ石膏系の物を使っていただいております。
15)描記板部分とその情報を基に下顎模型を咬合器に再装着したところ
上のスライドは、
ゴシックアーチの描記板部とチェックバイトを利用し咬合器に下顎を再装着したところです。
この症例ではゴシックアーチのアペックスを見た結果、最初に準備した咬合高径では高いと判断し、アクリル板を取り除いたオストロン上に直接描記しました、
先ほども説明しましたが、咬合高径の微調整はこの様に上顎に設定したアクリルプレートを貼り付けたり除去することで行います。
16)試適時の状態とリマウント
上のスライドは試適時の状態と試適時に採得したチェックバイトで咬合器に再装着した状態です。
基本的に、義歯部分と複合するケースでは歯冠修復部分をピックアップ印象、あるいはアルタードキャスト法を用い模型を改造するため、義歯部分が試適できる状態になった時点で試適し模型上との誤差などをキャンセルします。
17)義歯部重合後のリマウント調整と上下顎コーヌス義歯の完成状態
上のスライドは、
義歯部重合後のリマウント調整と
. 上下顎コーヌス義歯の完成状態です、
この症例の場合、セット後の咬合関係の調整は必要ありませんでした。
18)ブリッジと義歯の複合補綴の症例
上のスライドからは2番目の症例で、
ブリッジと義歯の複合補綴の症例です。
この様に部分的に残存歯が残ったような症例だと、本法を用いる以前には
ブリッジ製作時と義歯製作時で咬合関係が変わってしまうことも多々あり調整に非常に苦労していました。
19)上下顎模型にゴシックアーチ描記の準備をした状態
上のスライドは
上下顎模型にゴシックアーチ描記の準備をした状態です、
ご覧のように補綴を必要としない上顎への描記版の固定ベースには熱可塑性のアクリルシートを利用し、チェアサイドでワンタッチで固定できるようにしています。
また支台歯のある下顎は先ほどと同じように支台歯部をワックスでブロックアウトしオストロン床にて固定ベースを製作し描記針を設定しました。
20)ゴシックアーチの準備された状態
上のスライドはゴシックアーチの準備した状態とゴシックアーチ後チェックバイトと共に帰ってきたパーツです。
21)咬合採得準備のポイント
次に、臨床的に見たラボサイドにおける咬合採得準備のポイントですが、
まず、チェアサイドからの情報を最大限いかすことがあります
例えば、患者が嘔吐反射が強い、また審美性への要求が強いなど個々の患者に合わせて準備する必要があります。
次に、チェアサイドでの使い勝手をあげることが必要です。
チェアサイドでは模型と違い生きた人間を相手にすることから、ワンタッチで装置を口腔内へセットできるようにするのはもちろん、咬合器上で咬合高径が下がっても装置が干渉しないようある程度のマージンをとるなど、常に患者様の口腔内に実際に入れて使えるよう無理なデザインを避け、チェアサイドでの負担を最小限にする必要があります。
22)簡略化した工程
上のスライドは、最近しばしば行っている簡略化した工程です。
標準の工程と違うのは、印象採得後、ロー提を準備するだけでなくゴシックアーチの準備も行いチェアサイドで咬合採得をロー提の修正だけでなくゴシックアーチ記録まで行ってしまい1回で済ませてしまう方法です。
この方法でも、ほとんど問題はないのですが、1回の工程で2回に分けていた工程を済ませる分、歯科医師によってはミスが発生する場合もあります、しかしこの様な場合でもほとんどの場合ゴシックアーチ記録に基づいて咬合器上で補正することで臨床上問題となったケースはありません。
ただし、慣れるまでは先に述べた標準の工程で行うことをお勧めします。
23)当ラボにおけるゴシックアーチ利用数の推移
上のスライドは当ラボにおけるゴシックアーチ利用数の推移を表にしたものです。
ゴシックアーチをはじめた1994年当時は市販品を使い自費の総義歯など限られた症例のみで行っていたのですが、再製や再排列がほとんど発生しなくなったことから1999年以降は自費だけでなく保険も含め残存歯だけでは咬合を採得できない症例のほとんどすべてで利用しております。
現在まで本法で作成した補綴物で咬合関係に起因するトラブルはほとんど発生しておりません。
24)おわりに
現在までに約700の症例にこの方法を用いた結果、チェアサイドでの咬合採得が単純化され、咬合器装着時の症例や術者による差が少なくなった、
またラボサイドにおいても、ゴシックアーチ記録を行う事で咬合の不安定な患者の場合にもあらかじめその事がわかるので補綴物作成時に対処しやすくなった。
全顎補綴時における咬合採得、咬合器装着時に、本法を用いる事で簡便、確実に咬合器への装着が出来、臨床的に有効であると思われる。
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